大切な人を亡くした時、人は悲しみ、恋しさ、怒り、悔恨、愛おしさなど、さまざまな感情を抱きます。時には、この感情から抜け出せないと思うほど、気分が沈み涙にくれます。
喪失は死別だけではなく、離別や失恋、引っ越しや卒業などに伴う別れもあります。また、虐待やいじめなどを受けた子どもは自尊心や自信といった自身の尊厳に関わる喪失をするでしょう。
このように、喪失にはいくつもの種類があり、どの喪失が一番大変ということはなく、それぞれがそれぞれにつらい喪失体験を抱えていると言えます。
わたしたちは、死別だけでなくそうした全ての喪失を「喪失体験」とよび、死別に関しては「死別体験」という用語を用います。また、喪失体験に伴う愛惜や悲しみなどの様々な感情を「グリーフ」とします。グリーフが「悲嘆」と訳されることがありますが、私たちは喪失体験後の感情には悲嘆だけではなく、その人を恋しく思う気持ち(愛惜)もあると考えています。
グリーフに対するサポートを英語でビリーブメントサポート(Bereavement support)と言いますが、日本では「グリーフケア(Greif
care)」という言葉が主流になっています。しかし、グリーフに対するサポートはカウンセリングや医療などだけでなく、ピアサポート(当事者同士の支え合い)やソーシャルサポートも必要なことから、グリーフケアという言葉よりも「グリーフサポート」という言葉を子どもグリーフサポートステーションでは使うようにしています。
時間が解決してくれる?
時間が経てば悲しみが消えるかのように周りは思いがちですが、悲しみや恋しさは消えることはありません。また、グリーフは時間が経過するごとに小さくなっていくものでもありません。生活していても、ふと亡くなった方のことを思い出すこともあれば、イベントシーズンや、亡くなった人を連想するような出来事が起こるたびに、グリーフの気持ちが湧き出てくることもあります。
悲嘆のプロセス
大切な人を亡くしたとき、単純に悲しいというだけでなく、人は様々な感情を抱きます。亡くなった人を恋しく思う気持ちだったり、会えない寂しさであったり様々です。
大切な人を亡くした時、その悲嘆のプロセスとして、
①ショック、感覚鈍磨、呆然自失
②事実の否認
③怒り
④起こりえないことを夢想し、願う
⑤後悔、自責
⑥事実に直面し、落ち込み、悲しむ
⑦事実を受け入れる
⑧再適応
というプロセスがあると言われています。
(※諸説あります。上記は日本DMORT研究会より)
しかし、大切な人を亡くした全ての人が、これら全ての段階を通るわけではありませんし、このプロセスは必ずしもこの順序通りに進行するとは限りません。抱く感情の長さや深さ、そしてその表現の仕方にも個性があります。「大切な人を亡くした」という共通の経験をしていても、誰ひとりとして「同じ喪失体験をした人」はいないのです。
グリーフは家族のなかでも違いがある
グリーフはとても個別的なもので、グリーフの感情や行動は人それぞれです。ときに家族のなかでも違いが起こるため、「私はすごく悲しくて涙が止まらないのに、ほかの家族はどうして泣かずにいられるんだろう」などと感じてしまう人も少なくありません。
家族のひとりひとりが、各自の違いを受け入れ、自分流のグリーフの感じ方でいいのだと思えることは大切です。
グリーフは病気や異常ではありません
グリーフは、どんな変化、喪失、死に対しても起きる自然な反応です。死別後の反応の多くの場合は病気ではありませんが、病気ではないからといって、サポートは不要というわけではありません。
喪失を抱えながら生きていくことはひとりでできるものではなく、家族や親しい人、学校や地域社会の協力が必要です。
もし、グリーフの反応や行動が自分の対処能力を超えるほどひどくなったり、身体的・心理的健康を脅かす状態になったりしたときには、それに対応できる専門家や適切な援助を見つけたほうがよいでしょう。
グリーフは終わらない
グリーフを「克服する」ことはありません。私たちはグリーフとともに生き、それを受け入れながらも、新たな人生の意味を見つけて生きていきます。
子どものグリーフ
子どもにとっての「死」
身近な人の死に対する反応は大人でも人それぞれですが、子どもの場合は個別性に加え、発達段階によって死の理解が異なるため、死別後の子どもの反応は大人から見ると理解しにくいことがあります。
幼児期には死が取り返しのつかないもの、生き返らないものといった、死の持つ不可逆性・不可避性を十分に理解できず、亡くなった人に対し「いつ起きるの?」「いつ帰ってくるの?」などと大人に訊ねることがあります。さらに、この時期は自己中心性を特徴とした思考を持ち、大人では考えそうもない発想で、大切な人の死を自分と関連付けて考えていることがあります。そのため、大切な人の死が自分のせいなのではと思いこむこともあります。
死の理解は子どもそれぞれに個人差があり、何歳になればどこまで理解できるとはっきりと言うことは難しいですが、死を理解できるようになっても、子どもたちは「なぜ死んだのか」「死んだあとはどうなるのか」といったことを知りたいと強く思っています。
時に大人は子どもに対し「小さいからわからないだろう」「まだ小さいから知らせないほうがいい」という理由で、本当のことを伝えないことがあります。あるいは、子どもが大事な話をする時に、「子どもの話だから」と軽く聞き流す時もあります。それは子どもに対し不誠実です。子どもを一人の人間として尊重し、耳を傾けてくれる誠実な大人を、子どもは必要としています。
「死」に関する子どもの疑問
- 死んだのは、自分のせい?
- ぼく/わたしも死ぬの?
- お母さん(お父さん)も死ぬの?
- ぼく/わたしも同じように死ぬ?
- どうして死んだの?
- 死んだ人はどこに行くの?
- 死んだらどうなるの?
子どものグリーフの反応
幼くして親と死別し残された子どもの心持ちとは、「押し寄せてくる様々な変化への対応」と「変化をどう受け止めたらいいのかわからない」という様々な「反応」として表れると言っていいと思います。
死別の愛惜、悲しみ、痛み、「あの時一声かけていれば事故に遭わなかったのではないか」という後悔、自分を責める気持ち、様々な感情が渦巻きます。
泣くことも、乱暴になることも、おとなしくなることもひとつの反応であり、また「どう対応していいか分からない」というひとつの表現です。
これらはごく自然な反応であり病気ではありません。
子どものグリーフの反応 | |
---|---|
情緒面 | 悲しみ・怒り・泣く・恐れ・不安・気分のむら・抑うつ・興奮・罪悪感 |
行動面 | 乱暴・落ち着かない・はしゃぐ・上の空になる・何事もなかったように振る舞う・活気がない |
身体面 | 頭痛・腹痛・倦怠感・めまい・食欲不振・不眠 |
社会面 | 退行・親から離れない・攻撃的な行動・ひきこもる・学習に集中できない |
子どもと大人のグリーフ反応は違う?
死別後の子どもの反応の多くは大人の悲嘆反応と共通するものですが、トイレに行けなくなったり、自分でご飯を食べられなくなったり、親から離れないなどのいわゆる赤ちゃん返り(退行現象)は子ども特有の反応とも言えます。
その根底には「不安感」があるようです。また、学校生活においても授業に集中できず勉強が遅れてしまったり、普段よりも怒りっぽく、物や友達に八つ当たりをするというようなこともあります。
特に自分の気持ちを言語化できない年齢の子どもは、怒りを言葉ではなく行動面で表現しがちです。
勉強に遅れてしまった子どもや、乱暴な行動をとる子どもは、大人側からは、問題行動を起こしている単なる「問題児」のように見えます。大人たちは問題行動の対応に苦労するわけですが、その子どもの背景を考慮して心情を理解すると、実はその「問題」は悲嘆の現れであったということが数多くあります。
グリーフ反応は人それぞれ
このように悲嘆の反応は様々ですが、泣いている子は悲嘆が深く、はしゃいでいる子は悲嘆が浅いということは決してなく、悲嘆の表現の仕方はその子どもそれぞれです。
100人の子どもがいれば100通りの悲嘆の表現があります。
これらのさまざまな反応は、エネルギーという概念で言い表すこともできます。
遺された子どもの反応は3つに大別されます。
うちにこもる(小さいエネルギー)、行動が外へ出る(大きいエネルギー)、いい子になり大人を支える側に回る(中くらいのエネルギー)。
しかし、この3つの反応はいろいろな場面で入れ替わり立ち代わり出てくると言うほうがいいようです。
これらのエネルギーの反応は身体に現れたり、心理面で現れたり、社会生活面で現れたりします。
子どものグリーフは繰り返す
子どもは成長するにつれて、死や出来事の意味を理解したり、自分の気持ちや考えを表現する方法や技術を習得したりしていきます。そのたびに、新たな理解をもってグリーフを経験していくことになります。
また、特別なイベントや故人の命日・誕生日などでグリーフが触発されることがあります。
子どもは成長に応じて、形を変えてグリーフを繰り返すのです。
子どもにとって「遊び」の役割
子どもは言葉で意思伝達をすることが難しいため、おもに行動で意思伝達を図ります。グリーフに関しても同様、言葉を使うよりは、遊びを通してグリーフを表現し、グリーフに対処していきます。
死別の体験をおもちゃを使って再現することで、死別体験と自分なりの折り合いをつけていこうとすることもあります。
ときに、遊びは子どもが内面に抱えている恐れ、怒り、心配、欲求不満、罪悪感などの不快な感情や考えのはけ口になることもあります。
あそびは、子どもにとってはグリーフに対処していくための大切な手段なのです。
グリーフプログラムでは、子どもたちが安心してグリーフを表現できるような遊びや空間、人を用意しています。
子どもには選択肢が必要
死別は、子どもにとってコントロールすることができない脅威的なものです。そのため、死別後の子どもは、毎日が不安で、無力感を感じることもあるかもしれません。そのような子どもには、自分自身で状況をコントロールすることのできる環境や、自分自身でものごとを選びとることのできる選択肢が必要です。
子どもグリーフサポートステーションのグリーフプログラムでは、子どもたちは自分で遊びや過ごし方を選びます。遊びについて指示や評価をされることはありません。
<参考>
「子どものグリーフを支えるワークブック〜場づくりに向けて」